ムコ多糖症の治療の実際

大阪公立大学大学院 医学研究科 発達小児医学 教授

濱﨑 考史 先生

ムコ多糖症は酵素補充療法や造血幹細胞移植により治療可能な疾患ですが、何よりも特徴的な症状を見逃さず、早期に診断し治療を開始することが大切です。今回のみんなの声は、「ムコ多糖症の治療の実際」について大阪公立大学大学院 発達小児医学 教授の濱﨑先生に伺いました(2022年5月取材)。

どんな症状で受診する方が多いのですか

当院を受診するムコ多糖症患者さんの多くは紹介で来られます。小児科からの紹介が一番多いのですが、それ以外にもリハビリを行っている療育施設や耳鼻科などからの紹介もあります。

特徴的な顔貌、発達の遅れ、骨や関節の変形など、ムコ多糖症の症状は多彩です。耳鼻科領域では繰り返す中耳炎が特徴的な症状の一つです。ムコ多糖症の身体症状を経験したことのある医師が、他のお子さんと“ちょっと違う”と感じて診断につながったのだと思います。

以前、患者家族会で行ったアンケートの結果では、医療機関を受診するきっかけは「“言葉の遅れ”が一番気になっていた」ということでした。通常、赤ちゃんの場合1歳くらいから言葉が増えてきて、2歳くらいになったら二語文といって「あっち、イヤ」とか「これ、ちょうだい」と単語が二つになってきます。それができなくて直ぐに医療機関を探す方もいますが、どこの病院を受診しても「もう少し様子を見ましょう」となり、だいたい3歳くらいまでに“ちょっとおかしい”ということで大学病院等に紹介されるパターンが多いと思います。

治療は、どのようにして決めるのですか

できるだけ早く診断して、直ぐに治療を開始できるように心がけていますが、患者さんによって症状の程度や進行のスピードが異なります。現時点での症状の程度、今後どのように進行する可能性が高いかなどを理解していただき、治療方針を決めていきます。

治療法については、有効性だけでなく、副作用や治療を受けることによる患者さん自身の負担も説明します。

例えば酵素補充療法の場合、毎週点滴に通わなければいけないこと、薬剤によっては脳外科の手術を受けて投与するためのデバイスを埋め込む必要があること、造血幹細胞移植であれば重い副作用が起こる可能性も説明するようにしています。

酵素補充療法について教えてください

酵素補充療法は、遺伝子組換え技術によって合成された酵素製剤を、点滴静注などにより体外から補充する治療法です。

酵素補充療法は安全性が高く、有効性についても十分なエビデンスが蓄積されてきています。酵素補充療法を開始するタイミングは、可能な限り早期に開始することが重要です。

乳幼児期から酵素補充療法を開始できる患者さんの場合、症状が出現してから治療を開始する患者さんに比べて、顔貌の変化や関節症状などの症状の進行を抑制することができる可能性があります。

治療開始早々(6ヵ月~1年以内)に認められる効果としては、皮膚の腫れぼったい感じが軽減して、柔らかくなります。その結果、関節の周囲も柔らかくなり、可動域の改善がみられます。特徴的な顔貌の改善とともに巨舌(異常に大きな舌)も目立たなくなります。また、ムコ多糖症に対する酵素補充療法は、血流の豊富な肝臓などの臓器に良好な効果を示すことから、肝腫大や脾腫大は急速に改善します。

ただし、中枢神経症状には効果が期待できません。これは、血液脳関門と呼ばれるバリアの存在によって、点滴静注した酵素製剤が血管から脳内に移行できないためです。

近年、脳内に直接投与する酵素製剤や、血液脳関門を通過することのできる技術を用いた薬剤などが承認され、ムコ多糖症Ⅱ型の中枢神経症状に対して有効な酵素補充療法が選択できるようになりました。いずれの治療も、メカニズムとして中枢神経症状の改善が確認され、早期に投与することでより良い効果が認められる可能性があります。

造血幹細胞移植とは、どんな治療ですか

造血幹細胞移植は、骨髄あるいは臍帯血から採取した正常な造血幹細胞をドナー(提供者)から患者さんに移植して、不足している酵素を体の中でつくることができるようにする治療です。造血幹細胞移植は、酵素補充療法が開発される以前から、主に重症型のムコ多糖症に対して、適切な移植ドナーが見つかった場合に行われています。近年の医療技術の進歩とともに移植治療の安全性が高まっており、生着すれば通院回数を減らすことができるなど、患者さんにとってメリットも大きいと思います。

注意が必要な合併症について教えてください

最も気をつける必要があるのが整形外科的な合併症です。頚髄部分は生理的に隙間が狭いため頚椎症として神経症状を呈する危険性が高いので、整形外科と連携して診察や定期的な画像検査を行っています。中耳炎が重症化した場合には、鼓膜チューブ留置術が必要となる頻度も高いことから、耳鼻科と連携して治療します。また、心臓弁膜症は成人では手術(弁置換術)が必要になるケースもあります。幸いにも小児期では手術が必要な方は少ないのですが、弁膜症の定期的なチェックは必要です。こうした合併症に対する定期的な検査のスケジュールを、日常生活に上手に組み込んでいくことも大切です。

日常生活では、どんなことに注意が必要ですか

患者さんの多くは頚椎の動きの制限があり、無理に首を後ろに動かしたりすると神経を痛めるため、日常生活では“でんぐり返し”など首に負荷のかかる動作は注意が必要です。また、中枢神経症状が進行した患者さんでは水頭症を発症することがあるので、急に知的レベルや意識レベルの低下がみられた場合には、速やかに連絡するようにお伝えしています。さらに、手首にムコ多糖が蓄積して神経を圧迫することにより手の痺れや、母指球の萎縮によって日常生活に支障が現れたり、弁膜症による階段を上る際の息苦しさなど、病状の進行に伴って様々な症状が現れてくることから、これら予想される合併症の症状については十分注意していただきたいと思います。

濱﨑 考史 先生

1996年 3月 大阪市立大学 医学部卒業
1998年 5月 大阪府立母子保健総合医療センター 小児内科
2003年 4月 フロリダ大学 医学部 病理学教室 助手
2010年12月 フロリダ大学 医学部 病理学教室 講師
2017年 4月 大阪市立大学大学院 発達小児医学 准教授
2018年 4月 大阪市立大学大学院 発達小児医学 教授
2022年 4月 大阪公立大学大学院 発達小児医学 教授, 現在に至る
(2022年10月現在)